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震災を経て

 震災を経て
 ずっと書いてませんでした。
 その間わたしの住んでいる土地は被災しました。
 わたしの家はなんとか津波に遭わずに済みましたが,知人の何人かは実際に家を流され,身内を亡くした人もいました。

 3月の地震,4月の地震で水が止まったり電気が止まったりして,普段当たり前と思っていることがどんなにありがたいかを知りました。家族がそろっていることの幸せを噛みしめました。
 
 実は震災前の2月,実の母を亡くしました。
 母はC型肝炎による肝硬変で,末期と診断されてから2年の間持ちこたえました。
 C型肝炎なんて,母が感染するとすれば考えられるのはわたしを産んだときの輸血ぐらい。そうしたら,わたしにも責任があるのかな…なんて考えたこともあったっけ。

 実家を出て離れた土地で暮らしているわたしは,実際は母の面倒は全部父に任せていました。
 父は娘のわたしに何も心配をかけぬようにとすべて一人で事を進めていました。亡くなったときも,葬儀屋の手配から写真の選定までわたしは何もすることがなかったくらい全て段取りが決められていました。
 末期と診断された母と二人で暮らし,いつ何が起こってもいいようにひっそりと覚悟を決めていた父の,その気丈さ。それを考えると何もしていなかったわたしのなんとふがいないこと…。

 母が亡くなり,葬儀を終え,初七日まで父と一緒に過ごしました。二人で生活するなんて,初めてのことでした。
 父は毎晩大好きなお酒を飲みながら,色々なことをわたしに話してくれました。母と結婚したいきさつや,父の実家のこと,ほんとにいろいろ話してくれました。
 親不孝な娘なのに,いつもわたしのことを大事に思っていてくれた父。その父が一人になってしまいました。
 妹家族は父のやや近くに住んでいるものの,父は母のいなくなった家で一人で暮らしていくのです。
 やっぱりなにもできないわたし。

 せめてこれからは毎日電話をして少しずつでも話をしようかと心に思った日々でした。


 震災を経て考えると,母がもし命を永らえていたとしたら,もっと大変だったのかもしれないと思います。
 父は以前に胃の全摘手術を受けていて,大分回復はしたものの体力はかなり弱い方で,体重も40キロ程度しかありません。母はそれよりも10キロ以上重かったのです。もし家で二人きりで震災を迎えていたとしたら,おびえる母を父一人ではどうしようもなかったことでしょう。もし入院中であっても,きっと大変だったと思います。

 父は震災の日はびっくりしてしばらくは車の中に避難していたそうです。母がいたとしたら…どうなっていたかわかりません。


 

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