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ペルセウス座流星群

 ペルセウス座流星群。

 12日深夜と13日深夜,12時頃からしばらく空を見ていました。夫と娘はベランダで,わたしは階段の窓で。

 近くの工場が夜になると煙を出すので,その煙が薄雲のように空を覆って見えにくかったのと,時間も少し早めだったのか,ほとんど見ることはできませんでした。

 夫と娘は一つ二つははっきりと見たようです。

 わたしも,なんとなく視界に入ったのはいくつかあったような気がしたのですが,ついには視界のど真ん中で捉えることはできなかったのです。

 ああ残念。

 願いをかけたいこともあったのになあ…。

 でも,思うに,流れ星に願いをかけるって,けっこう大変なことじゃないかとも思いました。時間も短いし,「ああっ,見えたっっ!!」っていうのが先で,見えたことに喜びを感じているうちに願いをかけるタイミングがなくなってしまう…そんな感じ。


 何年か前に,しし座流星群だったかしら,そのときにはすぐ近くの小学校の校庭に行って,夫と息子と娘と4人で(もうひとりの娘はまだ小さかったので家で眠ってました)寝転がって見ました。ひゅんひゅんとたくさんの流星が流れていくのを目で追っていました。
>>ranking

 そのときの願い事?
 忘れました。…というより,次から次へと現れる流星群に感激して,大騒ぎして,願い事どころじゃなかったような気がします。
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胸キュンの短歌

 中学生の娘が国語で短歌を勉強していて,わたしも一緒に読む機会があって,少しばかり文学の世界に触れた気分…。

 そんな中で,わたしの乙女心(というには現実のわたしはちょっと年をとりすぎているので家族には非難されますが)をキュンとさせた短歌がありました。
 


河野裕子の たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか

 とても好きな人がいて,その人と一緒にどこかへ行ってしまいたい。でも,今の自分にそれは許されることではない。自分の意思で行くことは許されないけれど,あなたがわたしをさらって行ってくれたならば…という切ない恋心。
 こんな状況に自分がいたことはないけれど,なんかドラマの1シーンのような感じ。

 映画「卒業」を彷彿とさせるところもありますね。
 

俵 万智 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

 娘に「寒いんだけれど,そんなことをさらりと会話できるような愛する人が隣にいるというだけで,心がとてもあったかくなるんだよね。」みたいなことを解説しているうちに,なんだかわからないけれどうるうるしてきて,泣き声になってきたわたし。
 そんなわたしを娘は冷ややかに横目で見ました。「何なの…。ちょっと変じゃない。」みたいに。

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東儀さんのCM

 先週の金曜日あたりかな,ぼーっとテレビを見ていたら,突然東儀さんの篳篥の音が聞こえてきてびっくり!

 画面を見ると,ロッテグリーンガムのCM。東儀さんが画面の中で篳篥を吹いてるのです。

 今日は見てないけど,昨日までに4回ぐらいは見たかなあ。

 そのCMがオンエアのたびにはっとするので,つい毎回「わあ,東儀さんだあラブ」と言ってしまうわたし。
 そんなわたしを見て子供たちは「いちいち反応すな」とばかにします。

 だって,東儀さんの顔出しCMは貴重ですものね!
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砂時計

 今,コミック「砂時計」を読んでいます。

 いい年して,胸キュンしています。時々泣きながら読んでます。

 TBSドラマでやってたんですよね。
 わたしの家族はわたし以外はみんなこのドラマを見たことがあります。
 っていうか,うちの夫が見ていて,子どもたちも春休みとか祝日とか運動会の代休とかに見ていたというところ。

 影響されたのか,夫はコミック全巻をオトナ買いしました。娘らは驚くほどの速さで読破しました。

 でも,ベツコミって…わたしは昔,別冊少女コミック(略称別コミ)読んでたけど,略称が今はホントの名称ってこと?

 わたしは時間の合間を見つけてちまちま読んでいるのですが,いいです。まだ3巻しか読んでないけど,「なんでえ〜」なんてさけびながら,切ない気分になりながら。

 全部読んだら,ビデオに撮ってある最終週のドラマも鑑賞しようかな。
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日本語は生きている(2)

 前回の続きです。

 今度は,ラ抜き言葉について。
 巷ではこれはごくごくポピュラーな言い方になっています。まだ正式には認められないのですが。

 例えば,「食べられる」と言うところを「食べれる」と言うような言い方。
 これは,「食べられる」ならば受身・尊敬・自発・可能の意味があるのですが,「食べれる」ならば可能の意味しかないのです。

 いつの日にか正式に認められる日が来るのでは,と思ってしまいます。

 わたしもまだ使うことには抵抗があるのですが,たまに口が勝手に言っていることがあって自分で驚いています。

 もっと抵抗があるのは「ならば」を接続詞として使うこと。これは完璧に間違い。
 「ならば」はもともと「〜ならば」のように続けて使うもので,一単語の言葉でもないのです。

 それなのに最近はやたら耳につきます。アナウンサーまで言っているのを聞いたときにはびっくりしました。

 それでも日本語は生きています。大波に突き動かされて,今後どうなるものか,想像しかねるところです。
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日本語は生きている(1)

 日本語は生きてるとつくづく思う今日この頃。

 わたしは高校生の頃,校内放送でアナウンスをしていました。

 その頃の記憶でいうと,鼻濁音(表記はカ゜キ゜ク゜ケ゜コ゜で表す)については次のようになっていました。
 例えば「小学校」,「中学校」みたいに学校という言葉が一体化しているものは「ショウカ゜ッコウ」,「チュウカ゜ッコウ」のように発音するのですが,「高等学校」の「学校」はそれほど「高等」と一体化しておらず,「コウトウガッコウ」と発音する……。

 でも,最近のニュースでは「コウトウカ゜ッコウ」のように発音しているアナウンサーがいます。この間は,「女子学生」を「ジョシカ゜クセイ」と発音しているアナウンサーがいました。
 これも私の感覚で言うと「ジョシガクセイ」なのですが……。

 また,「○○を確立し,〜」などの場合の「し」。
 このごろ聞くあるアナウンサーは,この「し」を無声音で発音します。このかたは,「○○が無く,〜」などの「く」も無声音で発音していました。
 これは,わたしとしてはきちんと母音まで発音したいところです。

 発音の問題については,田舎者のわたしがどうこう言うべきじゃないことかもしれませんが。


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津田寛治さんのこと

 「世界ウルルン滞在記」でのはだか…といえば,津田寛治さんもいます。

 津田寛治さんは,2001年のTBSドラマ「たのしい幼稚園」で高岡早紀さんと共演していたのがとても印象的で,感じのよさそうな人だと思っていました。

 それがあのウルルン…びっくりしましたが,よさそうな人だという印象はさらに強くなりました。

 北野武作品にはよく出ているようですね。
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尊厳死に思う〜和歌山県立医大

 きょうは,和歌山県立医科大学付属病院紀北分院で,家族の要請により人工呼吸器を外した医師を殺人容疑で書類送検…というニュースに考えさせられました。

 自分の家族が,治る見込みもなく,人工呼吸器の力で生きながらえている状態…ちょっと想像できないというか,想像したくはないものです。

 でも,もしその植物状態になっているのが自分だとしたら。

 そんな自分をひょっとしたら治るのではないかという一縷の願いを持って見つめている家族がいたとしたら。

 「もういいんだよ。わたしはもう治らないんだよ。わたしのためにもう無駄な心配をしないで。こんなにあなたたちを心配させているのは忍びない。早くわたしを楽にさせて。あの世に逝かせて。」と願うかもしれない。

 でも,もしわたしが待っている家族だとしたら,望みはなくても望みをかけてしまうかもしれないけれど。


 富山県の射水市民病院で同様の延命措置をした伊藤雅之医師。
 彼の捜査はまだ続いているのだそうですが,彼の言葉にははっとさせられるものがあります。

 はっきりとは覚えていないのですが,「自然の経緯に沿って安らかに死を迎えられる。呼吸器を外してから完全に呼吸が止まるまでの時間は,家族にとって大事なお別れの時間となる。」というような内容だったと思います。

 家族は安らかな気持ちで,受け入れるべき時を受け入れることができるのです。そのほかの場合の「死」は,そんなに安らかな気持ちはもてないと思います。

 それが,「尊厳死」という言葉に十分にあてはまると思います。

 人の命にかかわる,重大なこと。

 じっくり考えたいことです。
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尺八の世界

 親戚(わたしの父の従兄弟)で,尺八を作っている人がいます。

 今はどうかわからないのですが…情報もなくて。

 彼は出身は京都です。知恩院の近くに実家があります。

 彼の父親の実家が会津にあり,その近くで廃校になった小学校を住まい兼アトリエとして,尺八製作をしたというような記憶があります。製作だけでなく,並行して演奏活動もしていました。

 今もやっているのか,そうでないのか,わからなくて確実なことはいえませんが。


 直接関係はないですが,ちょっと関係して,わたしの父は他の親戚の形見として一本の尺八をもらっています。

 その尺八を一時借り受けて,吹く練習をしたことがあります。
 でも,音が出にくくて,大変苦労しました。

 近くの高校の先生で尺八の大家がいらして,一度ご指導を受ける機会がありました。
 でも,そのときのその先生の話では,わたしの持っていたこの尺八は非常に音が出にくいということでした。

 ちょっと残念。わたしみたいに技術のない人間は,音の出にくい楽器でうまくできるなんて程遠い感じですね。

 
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フォルクローレの世界

 わたしがフォルクローレの世界に初めて触れたきっかけは,高校生のときでした。

 エクアドルのロハ芸術音楽大学の学生さんたちが野口英世生誕100年のときに来日しました。
 そのときわたしは高校生で,吹奏学部に所属していたので,そんな関係で彼らのコンサートに行ってました。

 そのとき,「花祭り」や「コンドルは飛んでいく」などのフォルクローレの諸作品や,ケーナやチャランゴといった楽器に触れました。

 そのコンサートに触発されて,楽器店からケーナを購入して,吹いてみたりしました。

 ケーナは音程が難しく,それを調整するために管のいちばん下のところに紙を貼って息の出口を細くしてみたり。

 大学の頃だったか,大学を出てからか,福島県川俣町のフォルクローレの祭典,コスキン・エン・ハポンにも足を向けたこともあります。

 この頃はもう規模が大きくなって,知名度も高かったようです。
 ステージの発表のうちいくつかの団体を聴いただけでしたが。

 フォルクローレは,「血が騒ぐ」音がします。
 太鼓・ボンボの腹の底に響くような響き,尺八に似たケーナの甲高い音,サンポーニャ(パンフルート)の枯れた響き,チャランゴ(小型のギターに似たもの)の郷愁あふれる和音…それらが組み合わさったときのなんともいえない懐かしさ。

 なかなか普段の生活では触れることのできない音楽ですが,いいですよ。
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